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福岡高等裁判所 昭和49年(う)287号 判決 1976年4月27日

被告人 牛嶋辰良 外五名

主文

原判決中、被告人牛嶋辰良、同石田政喜、同原田保彦、同中島昌幸、同馬場信之に関する部分を破棄する。

被告人牛嶋辰良を懲役八月に、被告人石田政喜、同原田保彦、同中島昌幸、同馬場信之を懲役二月に各処する。

この裁判確定の日から、被告人牛嶋辰良に対し二年間、被告人石田政喜、同原田保彦、同中島昌幸、同馬場信之に対し一年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

被告人緒方克陽の本件控訴を棄却する。

原審および当審の訴訟費用は、別紙一覧表のとおり被告人らの各負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、福岡高等検察庁検察官検事井上五郎提出の佐賀地方検察庁検察官検事戸根政行作成名義の控訴趣意書(補足説明メモを含む)および弁護人谷川宮太郎、同儀同保、同山田伸男、同石井将連名提出の控訴趣意書(正誤表を含む)にそれぞれ記載されているとおりであり、これに対する答弁は、前者に対しては右弁護人連名の答弁書(一)、(二)、後者に対しては右検察官井上五郎作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。これに対する当裁判所の判断は、つぎのとおりである。

第一久保田駅関係

検察官の控訴趣意第一点(被告人牛嶋、同石田、同中島、同馬場に対する各建造物侵入被告事件)について。

所論は、要するに、原判決は、被告人牛嶋、同石田、同中島、同馬場に対する建造物侵入の公訴事実について、公訴事実にそう各て子扱所二階て子扱室への右被告人らの各立入り行為を認定しながら、被告人らの立入りの目的は、同室勤務の組合員らに対する指令、指示や闘争に関する情報の伝達、さらには闘争突入指令があつた場合に職場集会に参加するよう勧誘、説得するなどのいわゆるオルグ活動であり、しかも、被告人らの右各室への立入りは平穏に行われ、それによつて直接同室の業務の執行に障害を与えたり、駅長の管理権を完全に排除してしまうようなものでなく、また、同室の勤務は、断続的な監視的業務であつて、被告人らの立入り行為自体によつて列車の正常な運行が阻害されたりなどするものではないので、被告人らの右立入り行為は、社会的に相当な行為であるとして、無罪を言い渡した。しかしながら、原判決の右判断は、刑法一三〇条前段および勤労者のいわゆる労働基本権に関する法令の解釈適用を誤り、また、同室の機能についても事実を誤認したもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というに帰する。

そこで、検討するに、原判決別紙一、二、三、六挙示の各証拠および当審証人小山田五郎の証言を総合すれば、日本国有鉄道(以下国鉄という)久保田駅における国鉄労働組合(以下国労という)の争議の経緯および被告人ら四名が同駅東西各て子扱所に赴くまでの経過は、原判決が「有罪関係事実」第一の一「本件に至る経緯」および「無罪理由」第一の二の(一)において認定するとおりであるが、被告人らの同駅各て子扱室立入りの態様については、つぎの事実が認められる。すなわち、被告人牛嶋は被告人石田の指示により同日(昭和四〇年四月三〇日)午前二時二〇分ころ、組合員二名と共に同駅東て子扱所二階て子扱室に挨拶しながら立ち入つたところ、同室では大久保司信号掛が勤務につき(大島操信号掛は仮眠中)、助勤助役土井恒安、峰松松次の両名が、同駅長北川利夫の指示にしたがつて、本務者が職場放棄した場合の代行と本務者に対する監督の任務に従事していたが、両助役からこもごも「入つてきては困る」と抗議され、峰松助役が駅長室に電話しようとしたのを被告人牛嶋は「どこを呼んでいるか」とつめより「東て子扱所ですが」といつたところで電話を切らせた。四、五分してかけつけた小山田五郎総括(輸送担当)助役からも「こゝにいちやいかん、出てくれ」と三、四回いわれたが、同被告人は、「お前も出ろ、お前が出なきや出らん」などといつてこれに応じなかつたところ、それ以上退去を求められることもなく、土井、峰松両助役らと闘争妥結の見込などについて話したりしたが、信号掛に対し闘争参加の説得をしたことはなかつた。午前二時五〇分ころ、約四、五〇名の動員組合員が助役らが入らせまいとして押さえている扉を押しあけて入つてきて、広さ約三四・三一平方メートルしかない同室の三二本ぐらいあるて子の座の横に坐り込み、両助役に対し悪口をいつていたが、勤務員の作業の妨害まではしなかつた。午前三時二〇分ころ組合員らが両助役に対し退去を要求して拒まれるや、被告人牛嶋は「助役を出せ」と指示し、原判示(有罪関係事実第一の二記載)のとおり組合員四、五名ぐらいとともに両助役を室外に押し出した。被告人石田は、同駅における闘争の責任者として同駅上りホーム運転詰所で動員者らの指揮をとつていたが、午前三時三〇分ころ肥前山口地区の現地最高責任者である宮園静雄国労門司地方本部副委員長より闘争突入の指令を受け、右指令伝達のためみずから東て子扱所に赴き同所二階て子扱室に立ち入つたが、当時すでに助勤助役らの姿はなく被告人牛嶋らが同室に居坐つていたので、同室の組合員に対し闘争突入の指令を伝達し、ひきつゞき電灯の消えた同室に待機していた。その頃北川駅長や豊島吉昂公安機動隊長から再三にわたり退去を勧告されていたが、午前三時五五分ころ北川駅長から書面による退去通告を受くるに及んで、これに応じ午前四時五分ころ被告人牛嶋や組合員らと共に大久保、大島両信号掛を伴つて同室を退去した。被告人中島、同馬場の両名は被告人石田の指示により、同日午前二時二〇分ころ組合員一名と共に同駅西て子扱所二階て子扱室に挨拶しながら立ち入つたが、同室では久宮松次郎信号掛が勤務につき(菖蒲文一信号掛は仮眠中)、助勤助役川崎茂、野崎進の両名が前記土井助役らと同様の任務に従事しており、両助役から「出てくれ」と何回もいわれたのに、野崎助役と退去要求の権限などにつき口論したりしてこれに応ぜず、そのまま(もつとも被告人馬場は、午前二時三〇分ころ状況報告のため約一〇分間他出した)居坐つたが、その間同室信号掛に対し闘争参加を説得することはなかつた。午前二時五〇分ころ、約四、五〇名の動員組合員が同て子扱所に来り、そのうち約二〇名が東て子扱室とほゞ同じ広さのて子扱室に入つてきて坐り込んだものの、勤務員の作業の妨害まではしなかつた。午前三時三〇分ころ右組合員らが川崎、野崎両助役を同室外に押し出したので、右被告人両名は組合員らと共に久富、菖蒲両信号掛を伴つて同室を退去した。

一方国鉄当局は、同月二三日西部支部長および門司鉄道管理局長において一般職員に対し闘争に参加しないようにとの警告を局報等に掲載し、久保田駅においてもかねてから立てていた同駅構内および東西両て子扱所の立入り禁止の立札に加え、さらに両て子扱所階段付近に勤務者以外の立入りを禁止する旨の掲示をなし、また担当助役を介して同駅職員に対し平常どおり勤務するようにとの業務命令書を手渡す等の対策を講じた。

右の事実によれば、被告人ら四名は、いずれも管理者たる久保田駅長北川利夫の禁止を無視して、被告人牛嶋は四月三〇日午前二時二〇分ころ、被告人石田は同日午前三時三〇分ころ、同駅長管理にかかる同駅東て子扱所二階て子扱室に、被告人中島、同馬場は同日午前二時二〇分ころ同駅長管理にかかる同駅西て子扱所二階て子扱室にそれぞれ立ち入つたものであり、いずれも人の看守する建造物に看守者の意思に反して侵入したものといわざるをえない。

ところで、最高裁判所昭和四三年(あ)第八三七号同四八年四月二五日大法廷判決は、「勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について、刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するに当つては、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実を含めて、当該行為の具体的状況とその他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判断しなければならない」と述べている。したがつて、建造物侵入罪の構成要件に該当する被告人らの本件各て子扱室立入り行為の違法性についても、その行為の具体的状況、その他諸般の事情を考察して、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを検討して決めなければならない。以上の見地に立つて被告人らの本件立入りの目的、態様等を見るに、被告人牛嶋、同中島、同馬場は、国労門司地方本部の決定した四月三〇日午前零時から正午までの間における勤務時間内三時間の時限ストを実行するため、て子扱所勤務者に勤務時間内職場集会への参加を呼びかける目的でそれぞれ東西両て子扱所に赴き二階て子扱室に立ち入つたものであるが、被告人牛嶋は、土井、峰松両助役、さらには小山田総括助役から、被告人中島、同馬場は、川崎、野崎両助役からそれぞれ何回となく退去を要求されたにもかかわらずこれに応ぜずそのまま(被告人馬場は前記の如く一時退出)スト突入指令があるまで各て子扱室に居すわり、間もなくして到着した組合員らと共に在室の助役らを強制的に室外に排除したうえ、勤務者を連れ出しており、さらに、被告人石田は、久保田駅における闘争の責任者として、被告人牛嶋らの闘争を指揮し、被告人牛嶋が四、五名の組合員と共に土井、峰松両助役を強制的に排除した直後、同室の組合員らにスト突入の指令を伝達するため東て子扱所て子扱室に立ち入つたものであり、しかも、両て子扱室は列車の正常かつ安全な運行を確保するうえで極めて重要な施設であり、勤務者以外の者の出入が禁止されているところ(国鉄の「安全の確保に関する規程」(昭和三九年四月一日総裁達一五一号)一五条)で、同室の勤務員がその職務を放棄すれば、て子の操作が不可能となり、列車の運行に重大な支障を生ずるおそれのあることは明らかであるので、当局側が被告人らの立入りを拒否するのは当然であるのに、被告人牛嶋、同中島、同馬場は、当局側の警告を無視し、勤務員に対する勧誘、説得のためであるとはいえ、前記のような状況のもとに、かかる重要施設である同駅東西両て子扱室の勤務員各二名をしてその勤務を放棄させ、勤務時間内の職場集会に参加させる意図をもつて、あえて同駅長の禁止に反して同室に侵入したものであり、また、被告人石田は、組合員ら多数が東て子扱所二階て子扱室を占拠し、同室に対する同駅長の管理を事実上排除した直後これに加わり、同室に侵入したものであつて、このような被告人ら四名の各侵入の所為は、いずれも刑法上違法性を欠くものでないとみるのが相当である。

原判決は、まず本件て子扱室が個人の住居と異なり、労働組合活動の場でもある企業施設に属することを前提にして被告人らの本件立入りの目的や態様等をより重視して、被告人らの立入り行為は社会的に相当な行為と認めるとしているが、被告人らが立ち入つた各て子扱室は、前叙のとおり国鉄業務の主標である列車の正常かつ安全な運行を確保するうえで極めて重要な施設であり、かねてから勤務者以外の者の立入りが厳しく禁止されていたのであるから、同所の管理者である駅長の管理権は、強く保護される必要がある。原判決は、て子扱室の機能の重要性を軽視し、これを普通の企業施設と同列に扱つたもので、その立論は到底首肯できない。

つぎに、原判決は、被告人らの本件立入りの目的は、同室勤務の組合員に対するいわゆるオルグ活動として、正当な組合活動であることを前提にして争議行為としての職場離脱は、公共企業体等労働関係法(以下公労法という)一七条一項に違反するものであるが、同法がこれらの争議行為をあえて刑事罰から解放している趣旨にてらせば、右違反を本件立入り行為の刑法的評価に影響させるべきではない旨判示している。

しかしながら、公労法一七条一項は、公共企業体である国鉄の職員および組合が争議行為を行うことを禁止し、職員、組合の組合員、役員はこの禁止された行為を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならないと規定し、同法一八条は、右規定に違反する行為をした職員は解雇されると規定している。本件における勤務時間内三時間の職場大会への参加は、組合の要求達成の一手段として組合員が勤務時間中にいつせいに職場を離脱し、その間集団的に労務の提供を停止するものであるから、まさしく同盟罷業の一種であり、その時間が三時間という比較的短いものであつても、列車輸送の業務が国民生活にとつて必要欠くべからざるものであり、その僅かな遅延でもとり返しのつかぬ損失を与えるおそれがあることを考えると、明らかに公労法一七条一項の禁止する争議行為にあたり、したがつてその意味で違法なものといわざるを得ない。もとより、労働者の組織的集団行動としての争議行為自体の違法性の評価と、その争議行為の際に争議行為の目的達成のためになされた労働者の個個の犯罪構成要件該当行為の違法性の判断とは、その判断の対象の範囲を異にし、必ずしも一致するものでないが、右の犯罪構成要件該当行為の刑法上の違法性判断にあたつては、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実を含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判断しなければならないことは前述のとおりであるから、いかに組合活動を目的とするものであつても、組合員に対する職場集会参加への勧誘説得の方法は、法秩序全体の見地から見て相当と認められる範囲に限定されるといわなければならない。しかも、「公労法三条一項が労組法一条二項の適用があるものとしているのは、争議行為が労組法一条一項の目的を達成するためのものであり、かつ、たんなる罷業または怠業等の不作為が存在するにとどまり、暴力の行使その他不当性を伴わない場合には、刑事制裁の対象とならない」との昭和四一年一〇月二六日の大法廷判決の趣旨にかんがみると、被告人らのした本件立入り行為は、右判旨にいうが如き単に労務を提供しなかつたという消極的な不作為ではなく、他人の看守する建造物に看守者の意思に反して侵入するという積極的な行為であるから、これをもつて直ちに労働組合の目的達成のためにする正当な行為として、刑法上違法性を欠くとみるのも正しくない。ことに本件の場合各て子扱室勤務の信号掛が立ち入つた被告人らから前記のとおり闘争参加の説得をうけた事実が全くなかつたことも看過しえない。

また、原判決は、「久保田駅の両て子扱室の勤務は大都市のそれとはちがい、断続的な監視的業務で、被告人らの本件立入り行為により列車の正常な運行が阻害されたり、何らかの重大な事故につながるものでなかつた」というけれども、前叙のとおりて子扱室は、列車の正常かつ安全な運行を確保するうえで極めて重要な施設であるうえ、前掲各証拠によれば、久保田駅は、長崎本線と唐津線との分岐点にあたり一日平均約一四〇本にのぼる列車が通過するうえ、その他に相当数の列車入替作業が行なわれていたことが認められるので、同室での勤務は、おちついた環境のもとで慎重冷静にとり行なわるべく決しておろそかにできない業務であり、同室への被告人らの立入り行為は、全体的な列車の正常な運行に支障を及ぼすおそれがあるといわざるをえない。したがつて、本件事案にてらしたまたま被告人らが右て子扱室に立ち入つたのが深夜で、同駅を通過する列車も少ない時間帯であつたため、現実に列車の衝突や転覆のような重大な事故が発生しなかつたという結果的事情を重視するのは相当でない。

さらに、原判決は、被告人らのて子扱室への立入りの態様は、何らの抵抗も受けず、平穏裡に行なわれ、ことに被告人石田は、被告人牛嶋らによる助勤助役の強制的退去の事実を認識しないで立ち入つたものであり、その所為によりて子扱室の業務の執行に障害を与えたり、駅長の管理権を完全に排除してしまうようなものではなかつた旨判示しているが、被告人牛嶋、同中島、同馬場は、て子扱室の勤務員をして職場大会に参加させる意図をもつて、深夜駅長の禁止に反して侵入し、同室において前記任務に従事する助勤助役らの再三にわたる退去要求を無視したばかりか、その後多数の組合員らと共に助勤助役らを強制的に室外に排除して同室を占拠しており、また、被告人石田は、同駅における闘争の責任者として、被告人牛嶋らを東西両て子扱所に派遣してて子扱室勤務の組合員に職場集会への参加を勧誘、説得させ、さらに、その後同駅に到着した支援組合員のうち約一〇〇名を二手に分けて両て子扱所に赴かせ、その大半をそれぞれて子扱室に立ち入らせたうえ、被告人牛嶋らが東て子扱所の助勤助役両名を強制的に排除した直後、スト突入の指令伝達のため電灯の消えた同所て子扱室に立ち入り、両助役のいないことを知りつゝそのまゝ被告人牛嶋ともども居坐つたことからみて被告人石田が被告人牛嶋らの犯行について全く認識がなかつたということは考えられず、(原審第四四回公判において、同被告人は不必要な管理者にて子扱所から出てもらうことは考えていた旨供述している)以上の被告人らの所為により両て子扱所に対する久保田駅長の管理は事実上排除されたものといわなければならない。被告人牛嶋、同中島、同馬場の立ち入り行為が当初平穏に行なわれ、その段階では両て子扱所の業務の執行に障害を与えておらず、後刻の駅長の退去通告には、被告人石田と共にこれに応じていることなどの事情は、本件立入り行為の違法性を阻却すべき事由に当るとは考えられない。

以上の次第で、原判決が被告人らの各て子扱室立入りの所為を社会的に相当な行為とみて無罪を言渡したのは、本件立入り行為の違法性に関する諸事実を誤認し、ひいて刑法一三〇条および勤労者の労働基本権に関する法令の解釈適用を誤つたものというのほかなく、これらが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決中右被告人らの建造物侵入に関する部分は破棄を免れない。検察官の論旨は理由がある。

同控訴趣意第二点(被告人原田に対する公務執行妨害被告事件)について。

所論は、要するに、原判決は、被告人原田に対する公務執行妨害の公訴事実につき、信用性の高い検察側証人土井恒安、同山口繁雄、同永田忠の各証言を排斥し、信用性の薄い弁護人側証人松隈および被告人原田の各供述に依拠して、同被告人には公務執行妨害罪にいう暴行というべき程度の行為がないのはもとより、て子扱室内にいる組合員らとの共謀もなかつたとして、結局右公訴事実について犯罪の証明がないとして無罪の言渡をした。しかしながら、右は、証拠の取捨選択を誤り、経験則に違反して事実を誤認したものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というに帰する。

よつて、案ずるに、原判決別紙三挙示の各証拠によれば、被告人原田は、本件当時国労門司地方本部佐賀支部執行委員であつたが、国労の指令第三一号に基づき国労門司地方本部が昭和四〇年四月三〇日実施した長崎本線での闘争に組合役員として参加し、同日午前二時三〇分ころから佐賀駅構内で国労鳥栖支部副委員長松隈と共に、組合員に対し情勢報告などのオルグ活動を行い、同駅にそのころ到着した鳥栖支部の動員者二、三〇名を配置につけていたところ、午前三時ころ久保田駅の闘争責任者である被告人石田から、右動員者を同駅東て子扱所に連れて来るようにとの指示があつたので、タクシーに分乗して右松隈および動員者らと共に同駅に向い、午前三時二〇分ころ同駅に到着するや、直ちに東て子扱所に赴いたことが認められる。そこで、被告人原田のその後の行動について、以下原判決が指摘する各証拠について検討する。

まず、被害者である原審証人土井恒安は、第一四回公判において「牛嶋が『助役を出せ』と指示し、脇の下から手を入れ肩をかかえるようにして背後から押し出そうとしたので、転轍器のて子を右手に握つて抵抗したが、二、三人の組合員に肩を突かれたため右手が外れ、ずるずる出入口の方に押され、さらに同所在の柱に左手でつつかい棒をして抵抗していたところ、外の踊場から被告人原田に右手を引張られたのでそのまま出てしまつた。踊場に出されてから、また信号所に入ろうとしたが、中からドアにつつかい棒をしたり、ピケ隊員が開かないよう押していたため入れなかつた。三、四分して峰松助役も押し出されてきたので、入れぬと考えて同人と一諸に下に降りた」旨供述している。(記録二冊九二八丁裏ないし九三三丁裏)。つぎにいわゆる現認要員として久保田駅に派遣されていた原審証人山口繁雄は、第三三回公判において「四月三〇日午前三時三〇分ころ東て子扱所階段下六、七メートル離れたところに行つたところ、同所階段下に被告人原田がおり、二階て子扱室窓ぎわの方に沢山の人が見えていた。階段上の出入口のところから助役の赤い帽子をかぶつた人が外に押し出されかかつたとき、被告人原田が階段を上つて行き、内側から押し出すのを手伝つて外側から助役の腕をかかえ引出すようにした。助役はドアの柱につかまつて抵抗するような格好をしていたが、踊場に出された。なお入ろうとしてドアを背にして被告人原田と向い合い何かもみ合つたようだ。もう一人の助役が押し出されてきてすぐドアがしまつたが、その人は踊場のところで被告人原田と何か口論していた」旨供述し、(記録八冊三五五四丁表ないし三五六三丁裏)、また同じく現認要員であつた原審証人永田忠は、第三四回公判において「東て子扱所の部屋の中が騒がしくなつたので、同所階段附近に行つたところ、赤帽をかぶつた助役らしい人が出入口のところで押し出されているような格好を見た。中から二、三人に押されるのを、助役らしい人は出入口の方に向いて左手で入口の柱にしがみついたような突張つたような様子で抵抗したが、外から後で名前を知つた被告人原田が助役の右腕を両手でつかんで引張つた。助役らしい人の背中を押している人の中に被告人牛嶋がいた。もう一人の助役が外に出されたとき、下から呼ばれて被告人原田は階段を降りた。私が見ていた位置は階段の上り口から、二、三メートル離れたところである。」旨供述している(記録八冊三七一八丁表ないし三七二九丁表および三七七八丁表)。

右証人山口、同永田の各証言は、東て子扱所階段下から二、三メートルないし六、七メートルのところで被告人原田の行動を構内照明(踊場には四〇ワツトの螢光灯もついていた)のもとで現認していたものであつて、その内容は具体的かつ極めて自然であり、前後一貫して何らの矛盾も発見できないうえ、被害者である土井証人の証言とも一致しているので、右三名の証言は十分信用できる。さらに同じく現認要員として現場に派遣されていた当審証人古村昭夫は、第二回公判において「東て子扱所に到着した直後、急に階段付近が騒がしくなり、助役らしい人が中から組合員三名位に出されようとしており、助役らしい人は中に入ろうとして出入口の戸を掴んだりしていた。同人は制服を着ていたし、『勤務指定を受けているから勤務に就く』と(その声は階段上り口から四、五メートル離れたところにいる私にも聞こえる程のものであつた)いつていたので、助役と思つた。その時踊場にいた被告人原田が中に入ろうとしてドアにしがみついている助役のどちらの腕かわからないが、自分の腕をからませて引張つた。同被告人が助役を引きとめたのは一瞬ではなく、ある程度継続した時間であり、同被告人が降りてきてから助役は降りてきた」旨供述しており、右証言によれば、被告人原田の行動は一層明確になる。

以上の四証人の証言を総合すると、被告人原田は、東て子扱所の階段を上つて行つた際、同所て子扱室で被告人牛嶋ら組合員が土井助役を、その背後から押したりして室外に出そうとしているのを目撃するや、これに協力し、出入口の柱に掴まつたりして抵抗している同助役の右手を両手で掴んで引張り、階段の踊場に引き出したことが優に認定できる。しかるに、原判決は、右証人土井ら三名の各証言は措信できないとしているので、右各証言と対立する被告人原田、同牛嶋の原審における各供述と原審証人松隈の証言を検討するに、

まず、被告人原田の供述を要約すれば、「久保田駅東て子扱所の階段を上つて踊場のところに行つたところ、一人の助役が中の方から押し出されるような形でドアのところにきた。踊場は暗く、そばに階段があつて危いところであるので、階段をすべらないように手をそえて私の手前の方に誘導した。助役の手を引張つたことはない。助役に下に降りなさいと説得したら、助役はうなずくような形で下に降りた」というのである(記録一一冊五二一五丁裏ないし五二一七丁裏)。すなわち、同被告人は、て子扱室から押し出されてきた土井助役に手をそえて誘導しただけで、同人の右手を引いたことはないといつて否定している。つぎに被告人牛嶋の供述(原審第四四回公判)は「私が出入口近くにいた土井助役の肩を軽く叩きながら出るよう促したところ、五、六名の組合員が『あなたが出にくいなら出やすいようにしてやりましよう』といつて、(私の)後から一緒に押したので、同助役はそのまま出入口の方に押され、ドアの柱にかじりつくような格好をした。被告人原田が室の外にいたかどうかは知らない」というのである(記録一一冊五一九九丁表ないし五二〇四丁裏)。さらに原審証人松隈は、第三九回公判において「東て子扱所階段下に行つたとき、私の先を歩いていた被告人原田は、同所階段を上つて踊場付近まで行つており、て子扱室の中から助役らしい人が押し出され、連れ出されているようだつた。被告人原田と一緒に踊場にいた鳥栖支部の寺崎委員長が助役に『おとなしく出た方がいいですよ』と説得したところ、同助役はそのまま独りで階段を降りてきた。その間同じ踊場にいた被告人原田が助役を引張り出すようなことは全然なかったし、またする暇もなかつた」旨供述しており(記録一〇冊四四三九丁表ないし四四四二丁表)、これによると、被告人原田が土井助役の右手に手をそえた事実すらなく、同助役は寺崎委員長の説得により独りで階段を降りたかの如くであつて、同被告人の助役が階段をすべらないように誘導しただけだという供述とも全く異なつている。

したがつて、被告人原田の供述と松隈証人の証言とは、重要な点においてくい違つており、これを前記土井ら四証人の各証言と対比すれば、その信憑性において遙かに劣るものといわなければならない。また、被告人牛嶋の供述中、土井助役がて子扱室出入口付近で同被告人らに後から押されながらも出まいとして抵抗していた際、被告人原田が外にいたかどうかは知らない旨の供述部分は被告人両名の位置関係にてらしその際たまたま同所踊場にいて同助役の体に手をふれ、下に降りるよう説得したという被告人原田に被告人牛嶋が気付かない筈はないので、全く不自然であり、たやすく措信できない。

さらに、原判決は、被告人原田が土井助役の手を引いたのは、同人が殆んどて子扱室から押し出されていた時点の行為であり、むしろ出会頭の反射的な行為ともみられ、室内の組合員の意図を認識しこれに協力したものではないとしているが、前段認定のとおり被告人原田は、(一)久保田駅における闘争責任者である相被告人石田の指示により同駅の闘争を支援するため、動員者を連れて同駅東て子扱所に赴いたこと、(二)同所階段を上つて行く際、すでに同所二階のて子扱室はさわがしくなつており被告人牛嶋ら組合員が土井助役を押し出そうとし、同助役がこれに抵抗しているさなかであり、助役排除行為は未だ終了していなかつたこと、(三)階段を上りきるや直ちに出入口の柱にしがみついている同助役の右手を両手で引張つて踊場に引出したことが認められるので、かくては被告人原田の行動は、被告人牛嶋ら組合員の行動および四囲の状況、踊場には四〇ワツトの螢光灯がついていること等からしてその意図を察知し、暗黙のうちにこれと意思を相通じこれに協力するために出たものと推認するに難くなく、これをもつて被告人牛嶋らの行為と全く関連のない単なる出会頭の反射的行為と目することはできない。

以上の次第で、原判決が被告人原田に対する本件公訴事実を消極に認定したのは、証拠の取捨選択ならびに証拠の価値判断を誤つた結果事実を誤認したものであつて、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、検察官の論旨は理由があり、原判決中同被告人に関する部分は、これを破棄すべきである。

弁護人の控訴趣意第一点(被告人牛嶋に対する公務執行妨害被告事件)について。

所論は、要するに、原判決は、被告人牛嶋に対し公務執行妨害罪の成立を認めているが、これは、本件争議行為に際し国鉄当局がとつた違法不当な妨害と被告人牛嶋に課せられた具体的な任務、その行為の態様から見て、明らかに事実を誤認し、ひいては法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。以下所論の指摘する点について検討する。

一  当局側の勤務信号掛の争議行為参加に対する妨害の主張について。

所論は、土井、峰松両助役は、助勤に藉口して真実は東て子扱所二階て子扱室勤務者の自主的な争議行為参加を実力で阻止するため在室していたもので、当時同て子扱所周辺には駅長、現認要員、公安職員らが滞留して、同室勤務者の職場集会参加を阻止し、これを奪還しようとして圧力を加えており、両助役は当局側の先兵として信号掛の確保、奪還の任に従事していたのであるから、被告人牛嶋らが両助役の意図を見抜き、勤務者の奪還を防止するため、両助役を退出させるためとつた行為は、正当な組合活動である、というのである。

しかしながら、後記の如く土井、峰松両助役は、原判示のとおり、久保田駅長北川利夫から東て子扱所の勤務員の監督と該勤務員が職場を放棄した場合の代行を命ぜられて、同所二階て子扱室に赴きその任務に就いていたのであり、現に、在室中、勤務員に対し同人らの職場放棄を言葉や行動で阻止したことはなく、勤務者において両助役の在室により心理的圧迫を受けたという証跡も存しない。しかのみならず、国鉄の職員および組合は、公労法一七条一項により争議行為を行うことを禁止されているのであるから、久保田駅構内でかかる争議行為が行われようとしている際、両助役が同駅長の命令に従い前示勤務員に対しその作業が支障なく行われるよう監督することは、管理職としてもとより当然の職務であるから、これをとらえて不当な妨害行為とするのは相当でない。

二  職務行為の適法性についての原判決の事実誤認と法令の解釈、適用の誤りの主張について。

(一)  両助勤助役の職務行為の具体的権限の欠如について。

所論は、要するに、原判決は、土井、峰松両助勤助役は、久保田駅駅長から東て子扱所の勤務員の監督と該勤務員が職場を放棄した場合の代行の任務を命ぜられていた旨認定しているが、右両助役は、その職務の具体的権限について同駅長から指示を受けていなかつたのであるから、右両助役の職務行為の適法性に関する原判決の認定は、事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、原判決別紙一および三挙示の証拠によれば、国鉄当局は、昭和四〇年四月二九日国労門司地方本部が長崎本線久保田駅ほか三駅を闘争の拠点に指定したことを知り、肥前山口駅に門司鉄道管理局の下山営業部長を長とする現地対策本部を設け、列車の正常な運行を確保するため、まず他の駅の管理職を右拠点駅に配置することを決定し、久保田駅には八名の助勤助役を配置した。土井、峰松両助役は、その所属の駅長を通じて門司鉄道管理局長の命令により久保田駅に助勤を命ぜられたので、同日それぞれ同駅に赴き、同駅駅長北川利夫から同駅助役を介して、東て子扱所の勤務員が列車の出し入れ等の作業を支障なく行うよう監督すると同時に、該勤務員が職場を放棄した場合その代行をするよう命ぜられて、同月三〇日午前零時一〇分ころ同て子扱所に赴いたが、二階て子扱室での職務の分担は、職務分担表に従い土井助役が見張り、峰松助役がて子の扱いをすることになつていたことが認められる。国鉄においては、現場長は、部下職員の勤務割の指定をすることができ(現場長専決事項二条)、営業職員で他の営業機関に助勤を命ぜられた者は、助勤先の現場機関の長の指揮下に入り、予備助役は、駅長、助役又は運転掛の職務を代行する(営業関係職員の職制及び服務の基準五条、七条)とされているのであるから土井、峰松両助役が当時久保田駅助勤助役としての一般的職務権限のほかに、前示具体的職務権限を取得していたことは明らかである。

なお、所論は、本件当時東て子扱所二階て子扱室では本務者である信号掛が正常に職務に従事しており、したがつて両助役は信号掛として現実に勤務せず、単に待機していただけであるから、それは公務執行妨害罪の構成要件である「職務を執行するに当り」に該当しないというのである。しかしながら、職務を執行するに当りとは、公務員がその職務の遂行に直接必要な行為を現に行なつている場合だけでなく、広く公務員が職務執行のため勤務についている状態にある場合をも含むと解すべきところ、本件の場合、土井、峰松両助役は、久保田駅長の職務命令により、東て子扱所二階て子扱室において同室勤務員の監督の任務に現に従事すると同時に、同勤務員が職場を放棄した場合には直ちにその代行をするため待機していたのであるから、被告人牛嶋の本件犯行当時、両助役が現実に信号掛の仕事に従事していなかつたとしても、なおその職務を執行していたということができる。

(二)  公務執行妨害罪の構成要件の解釈と職務行為の適法性の判断基準について。

所論は、公務執行妨害罪の構成要件については、厳格かつ適正な法解釈がなさるべきであり、また労働基本権の制限は、合理性の認められる必要最小限度のものでなければならず、とくに刑事制裁を科することは必要やむを得ない場合に限られるところ、本件は、国労が久保田駅を拠点として行なつた争議行為に際し、争議抑圧のため派遣された当局側助勤助役と、争議行為の成功を確保しようとした組合の役員である被告人牛嶋との間に惹起された事案であり、両者は対等な当事者関係にあつたものであるから、右助役の職務行為の適法性の有無は、双方の利益を比較衡量して決定しなければならない。しかるに、本件の場合、国鉄当局側は、土井助役らを東て子扱所二階て子扱室に立ち入らせて同室勤務員の監視に当らせる必要はなく、土井助役らの職務行為によつて当局の受ける利益は全くなかつたのに反し、国労および国鉄労働者は、右助役らの争議妨害行為により闘争が挫折し、回復できない損失をこうむつたのであるから、労働基本権侵害の程度は極めて大きいといわざるを得ない。しかるに、原判決は、右の事実に理解を示さず、本件争議行為が実定法上懲戒の対象となるものであることを前提として、労働者の労働基本権より国鉄当局の懲戒権を優先させ、両助役の職務行為の適法性を肯定したのは、法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

よつて、案ずるに、国労の争議行為に際して起きた事案につき公務執行妨害罪の成否を論ずるにあたり同罪にいう職務行為の適法性の存否は、被告人側と国鉄側との双方の利益を単に比較衡量するだけでなく、本来維持さるべき国鉄の列車運行の利益と、列車運行が妨げられてもなお維持さるべき組合活動の利益(必要性)とを根本において考慮しながら、その行為の具体的状況その他諸般の事情をも総合して判断しなければならないと解する。これを本件について検討するに、国民生活全体の利益に重大な影響を持つ列車の正常な運行を確保するため、国鉄当局が列車の運行上重要な機能を持つ東て子扱所に土井、峰松両助役を配置し、同所二階て子扱室の勤務員が争議行為に参加するため職場を放棄した場合の代行の任務に当らせることは、国鉄業務の遂行上対処措置として当然である。また、公労法一七条一項に違反する争議行為であつても、労組法一条一項の目的を達成するためのものであり、かつ、暴力の行使その他の不当性を伴わない場合には刑事制裁の対象とならないことは前叙のとおりであるが、しかし、右の争議行為は、民事上の懲戒等の責任を免れないという点においてはなお違法な行為であつて、これを法秩序全体の観点からして全く正当な行為といいきることはできないのであるから、これにより列車の正常な運行が阻害されないように、国鉄当局がその職員をしてて子扱室の勤務員(信号掛)の勤務状況を直接把握し監督させることもまた当然で、久保田駅長の命令により東て子扱所において前記任務に従事していた両助役が同所勤務員に対し職場を離れぬよう配慮することはその監督権限内のことである。しからば両助役の職務は正当なもので決して労働基本権の侵害を指向した違法なものとはいえないので、両助役に被告人牛嶋らの退去要求に応ずる義務のないことは明らかであり、この点に関する原判決の判断は相当として是認できる。

なお被告人牛嶋らは土井助役らを強制的に排除した後、て子扱所勤務の組合員に職場を放棄させ、他の組合員と共に予定どおり同駅での職場大会を開きその目的を達しているのであるから、国労および国鉄労働者が、土井助役らの職務行為により、勤務中の組合員に対するオルグ活動等が効を奏せず、闘争が挫折して回復できない損害をこうむり、労働基本権が侵害されたという所論にそう結果も現実には生じていない。

三  被告人牛嶋の有形力の行使と構成要件該当判断に関する事実誤認について。

所論は、原判決は、弁護人の主張に対する判断の欄において、組合側の両助役に対するて子扱室からの退出方の説得の正当性を認めながら、その説得行為の限界について、団結力を背景とした説得にとどまるべきであるとして、被告人牛嶋らの退去要求行為が右限界を超えたと認定しているが、これは両助役の争議妨害要員としての役割を理解せず、また説得行為にも、相手方の出方によつては、必要最小限度の有形力の行使の許される場合のあることを看過したものであり、その結果、被告人牛嶋らの退去要求行為の実相を見誤り、同被告人の有形力の行使を公務執行妨害罪の暴行に該当するという誤認をおかしているというのである。

よつて、案ずるに、労組法一条二項が暴力の行使を許さないと規定しているからといつて、些細な有形力の行使までことごとく暴力と解して許さない趣旨ではなく、労働者と使用者とが対立する流動的な争議行為の場において、相手方の出方如何によりその説得にある程度の有形力の行使の許される場合のありうることは否定できないが、その説得の手段は、団結力を背景とした説得にとどまるべきであつて、その限度を超え直接個人の生命、身体に脅威を与えるような実力行使は許されないと解すべきである。しかも、本件の場合、当局側は、組合側の争議行為に対抗して自ら業務の遂行をはかるため、土井助役ら管理職を東て子扱所に配置していたのであるから、組合役員らが右助役らを説得するときは、組合の統制に服する一般組合員に対し同盟罷業への参加を説得する場合と異なり、相当程度の制約を受けるのは当然のことで、右助役らの身体に対して直接原判示のような実力を加えるが如きことは許されないというべきである。被告人牛嶋らは、右両助役が東て子扱所二階て子扱室に在室すること自体組合員に心理的影響を及ぼし争議妨害になるので、組合が争議行為に突入し、代行業務が必要となるまで室外に出てもらいたいと説得したが、これに応じようとしなかつたので、やむなく実力を行使したというけれども、被告人牛嶋らが両助役に対し右のような内容の説得をしたことを認めるに足る証拠はないのみならず、両助役は、同室勤務員の監督と勤務員の職場離脱の際の代行という任務に穏やかについていただけで、同室勤務員に対し職場放棄をしないよう働きかけた事実すらも存しない。所論は、両助役の右職務のうち監督の面のみを強調し、代行職務の必要性を無視しようとしたものといわざるをえない。

つぎに、被告人牛嶋の退去要求の実相について案ずるに、原判決別紙三挙示の各証拠によれば、久保田駅東て子扱所二階て子扱室にいた組合員のうち数名が、組合のスト突入の時刻が切迫した四月三〇日午前三時二〇分ころ、両助役に対し「赤帽出れ出れ」といい出したので、被告人牛嶋は「助役を出せ」と指示し、土井助役の背後からその両脇下に両腕を入れ抱きかかえるようにして押したところ、組合員四、五名が同被告人の後から押してこれに加勢したので、同助役は出入口の方にずるずる押されて行つたが、て子を右手で掴んでふんばり、ついで出入口の柱を左手で掴み突張るようにしてなおも抵抗しているところに、外の踊場にいた被告人原田がその右手を両手でつかんで引張つたためついに踊場に出された。さらに、被告人牛嶋は、峰松助役に対し「お前も出ろ」と要求して拒まれるや、同助役を前面から両腕で抱きかかえ出入口の方に押したところ、数名の組合員が被告人を後から押したので、ストーブの縁に足をかけたりしてふんだり抵抗しようとした同助役も、後向きのまま同室の外に押し出されたことが認められる。被告人牛嶋、同原田の原審における各供述および原審証人松隈、同井上正之(第三九回公判)当審証人猪熊保太の各供述中右認定に反する部分はたやすく措信できない。

右の各事実によれば、被告人牛嶋らの右のような実力の行使が公務執行妨害罪の暴行に該当することは明らかであり、両助役が東て子扱所の階段下にいた当局側の上司を意識してことさら抵抗のポーズをしたとは到底考えられず、また同被告人らが両助役を室外に排除するに要した時間がさして長くなかつたとしても、公務執行妨害罪の成否につきさして影響するものでもない。

四  可罰的違法性の欠如について。

所論は、かりに被告人牛嶋の所為が外形上公務執行妨害罪の構成要件に該当するとしても、その目的において正当性が認められ、また本件の具体的状況にかんがみると、右目的達成のためとられた手段も社会的相当性の範囲を逸脱しておらず、法益侵害の程度も軽微であり、保護されるべき法益と侵害される法益との均衡においてもこれを失していないのであるから、可罰的違法性を欠く、というのである。

しかしながら、て子扱室勤務員らを勤務時間内職場集会に参加させる等の目的であつたとしても、被告人牛嶋らの本件所為は、前叙のとおり、数名の組合員らと共に暴力まで行使して同室勤務の土井助役らを室外に排除しているのであるから、労働組合の目的達成のための正当な行為とはいい難く、その所為が社会通念上容認される限界を逸脱していることは明らかである。したがつて、本件の具体的状況に照らし弁護人の主張は理由がないとして排斥した原判決の判断は相当である。

弁護人の論旨はいずれも採用できず、被告人牛嶋の控訴は理由がないことになる。

第二鳥栖駅関係

一  弁護人の控訴趣意第二点(緊急避難の要件についての法令解釈の誤り)について。

所論は、被告人牛嶋らを含むピケ隊は、鳥栖駅西て子扱所階段およびその周辺で正当な組合活動としてピケをはつていたところ、現地対策本部長と被告人牛嶋との間に取り決められていた右ピケの承認とこれを排除する場合事前通告をするという約旨に反し、突然警察隊から実力で排除され始めたので、その場所が鉄道用地内のて子扱所階段で狭く、夜間でもあり、転落等の危険もあるところから、自己または他の組合員の生命、身体に対する現在の危難を避けるため、やむを得ず右階段をかけ上つて右て子扱所二階て子扱室に立入つたもので、これは警察隊の排除行為を免れるための最小限度の避難行為であり、しかも、被告人および組合員らの立入り行為により生じた害は、同室勤務員の業務遂行という状態と対比し、その避けんとした害の程度を超えていないのであるから、本件は明らかに緊急避難の要件に該当するものである。しかるに、原判決は、右のような取り決めがなされたことまでは認められず、ピケ隊に対する警察隊の実力行使は正当な職務行為であるから、弁護人らの緊急避難の主張はその要件を欠き採用できないとしてこれを排斥しているが、これは緊急避難の要件を誤解し、緊急避難についても、正当防衛と同様に警察隊の排除行為が不正の侵害にあたらなければ、緊急避難は成立しないとしたためで、明らかに法令の解釈を誤つたものである、というのである。

しかし、原判決の説示を全体的に考察すれば、警察隊の排除行為が適法であることを理由に緊急避難の主張を排斥したものでないことは明らかであり、所論主張の取り決めのなかつたことも十分肯認できる。すなわち、原判決別紙五挙示の各証拠によれば、原判示第二の二の(一)の事実は優に認められる。すなわち、被告人牛嶋、同緒方は、昭和四一年四月二五日午後四時ころから多数の組合員と共に、鳥栖駅長の禁止を無視して同駅西て子扱所階段およびその周辺にピケをはつたが、その数は徐々に増え、午後八時半ころには三池労組からの動員者約一〇〇名余が到着して右ピケに加わり約三〇〇名を超える数になり、さして広くもない右て子扱所の階段周辺はスクラムを組んだピケ隊員で埋まり立錐の余地もない状態になつた。その間同駅長、同駅公安室長や現地対策本部長の要請により出動した警察隊の警察官が再三にわたり携帯拡声器等により組合員らの退去を要求したが、組合員らがこれに応じないため、現地対策本部長の指示により午後九時二五分ころ約三〇名の公安職員がピケ隊を排除しようとしたところ、ピケ隊の人数が多くてどうにもならなかつたので、公安職員の後方に待機していた一個中隊約一一〇名の警察隊が実力でピケ隊の排除を開始し、スクラムを組んで坐り込んでいる三池の労組員ついで国労の組合員らの手や腕を取つてこれをほどき、身体に手をかけて引くなどして後方に順送りして鉄道地外の道路の方に移動させ排除(警察隊は、一個小隊が組合員を引き抜き、他の二個小隊がこれを後方に順送りする方法によつた)したが、その際被告人牛嶋は、右階段およびその周辺にいた組合員らに対し「信号所に昇れ、室内に入れ」などと指示し、被告人緒方および組合員二〇名位と共に右階段をかけ上つて二階て子扱室に乱入したことが認められる。

右認定の事実によれば、被告人牛嶋、同緒方は多数の組合員と共に、鳥栖駅長ら当局側の警告を無視して同駅西て子扱所階段およびその周辺に坐り込み、国鉄の業務運営上重要な施設である同て子扱所とその周辺を占拠してその管理者の管理を事実上不可能ならしめたものであるから、被告人らのしたピケツテイングは、団結による示威の限界を超え社会的相当性を欠くものといわざるを得ず、これに対し列車の正常な運行に重責を持つ国鉄当局が、右て子扱所とその周辺の管理を回復するため組合員らの退去を要求し、退去に応じない者の排除を図るのは当然のことであり、また当局の要請により出動した警察隊が現地の緊迫した状況から判断して実力でピケ隊の排除を開始したのは、警察隊の職務執行として相当である。しかも、前掲各証拠によれば、警察官がいたのは主として西て子扱所階段の前面(北西側)だけで、他の三方面にはいなかつたのであるから、ピケ隊員としてもて子扱所の東側または階段の裏側に廻つて西側あるいは南側に何時でも退去できる状況にあり、現に五〇名ないし一〇〇名のピケ隊員は警察隊の実力行使開始後自主的に西側の方に退去していることが認められる。当審証人阿世賀輝雄、同森正の各供述中、西て子扱所階段の正面および左右には警察隊が、同所階段裏側には公安職員がいて、ピケ隊を挾みうちの形で規制していた旨の供述部分は、前掲各証拠のほかピケ隊とこれに対する警察隊員、公安職員の人数の比較や排除の方法等に照らしてもたやすく措信できない。しからば、西て子扱所階段周辺にいた被告人緒方および組合員らとしては、警察隊の実力行使が始まつた段階でスクラムを解いて警察官のいない方向に退去することが十分可能であつたのにこれをせず、被告人牛嶋の指示により階段をかけ上つて二階て子扱室に侵入したのであるから、被告人らの右所為をもつて現在の危難を避けるためやむを得ざるに出でた行為にあたるとすることは困難である。原判決に所論のような法令の解釈適用の誤りは存しない。

論旨は理由がない。

二  同控訴趣意第三点(事実誤認の主張)について。

(一)  西て子扱所立入り目的についての誤認。

所論は、原判決は、被告人牛嶋、同緒方に対する建造物侵入について、罪となるべき事実(一)において「同て子扱所に勤務する組合員に対してただちにストライキへの参加を求めるため……」と判示し、さらに、これに関する弁護人の主張に対する判断においても「このままでは、翌二六日午前四時からのストライキ実施が困難になると判断し、……ただちにストに突入することを決意し、同室の勤務員に対しスト突入の指令を伝達すべく……」と認定しているが、被告人牛嶋らが西て子扱所二階て子扱室に入つた目的については、これを認めるに足る証拠はないのであるから、原判決は証拠に基づかず推測により事実を認定し、事実を誤認したものである、というのである。

しかし、原判決別紙四、五挙示の各証拠によれば、原判決が「有罪関係事実第二の一本件に至る経緯」および「弁護人の主張に対する判断第二の一」に判示する各事実は、いずれも肯認することができる。すなわち、国労門司地方本部は、国労の指令に基づき鳥栖駅を闘争拠点に指定し、昭和四一年四月二六日午前零時から半日間(現実には午前四時から四時間)のストライキを実施するよう指令し、公安職員や警察官の出動等により右日時まで待機したのではストライキの実施が困難となるような事態が生じた場合は、同駅の闘争責任者の判断で時間を若干繰り上げ実施する等の戦術を決定した。被告人牛嶋は、当時国労門司地方本部組織部長で鳥栖駅における闘争の責任者であつたもの、被告人緒方は、同地方本部鳥栖支部特別執行委員で本件闘争において被告人牛嶋を補佐していたものであるが、被告人緒方は、四月二五日昼前後から他の組合員と共に数回にわたり西て子扱所二階て子扱室に立ち入り、同室勤務員に対し闘争に参加するよう説得し、同日夕方から同室およびその周辺で他の組合員と共にピケをはつていたところ、現地対策本部長と被告人牛嶋の話し合いの結果、て子扱所から組合員を退去させることになつたが、組合員らは室内から退去しただけで、なおもて子扱所階段およびその周辺に坐り込んで気勢をあげ、その数は次第に増え約三〇〇名を超えるに至り、その間駅長ら当局側のマイクを使つての退去要求とこれに対するピケ隊員の応酬で喧騒にわたり、同室勤務員の運転室との連絡等に支障を来たすようになり、さらに勤務員に対する作業監督のため同室に向つた北川助役らがピケ隊に阻止されて階段を上ることさえできない状態になつたので、現地対策本部長の要請により前記のとおり午後九時二五分まず公安職員がピケ隊の排除に当り、ついで警察隊が実力でピケ隊を排除したこと、その際被告人牛嶋は、階段およびその付近にいた組合員らに対し「信号所に昇れ」と指示し、被告人緒方および組合員二〇名位と共に同室に乱入したうえ、「電気を消せ」「寝室に入れろ」「闘争に参加してくれ」等と叫びながら同室勤務員三名の背中を押したりして西隣の休憩室に押し込んだことが認められる。なお、当時の行動につき、被告人牛嶋は、原審第四五回公判において「信号所に入るや直ちに門司地方本部の寺崎委員長に対し、このままでは四時まで待機することは不可能だから、今からストライキに入りたいと電話で連絡し、その了解を得たので、信号掛を睡眠室に入れるよう指示し、また東信号所等に対しスト突入を指令した」旨供述している(記録一二冊五四一〇丁表ないし五四一一丁表)。

右事実によれば、被告人牛嶋は、鳥栖駅における闘争の責任者として、現場の状況によつてはスト突入の時間をくり上げる権限を有しており、また被告人緒方は、同駅で最も重要な施設である西て子扱所における闘争を担当し、同所二階て子扱室の勤務員に対し数回にわたりスト参加を勧誘しており、警察隊の実力行使開始後同室に立入つた際、被告人両名は同室勤務員に対しスト参加を求め、かつ、被告人牛嶋は組合員らに対しスト突入を指令していることが明らかであるから、以上の事実に基づき原判決が前記のような判示をしても、あながち証拠に基づかない不当なものということはできない。

(二)  西て子扱所ピケの許容についての誤認。

所論は、西て子扱所の階段およびその周辺へのピケ隊の配置については、被告人牛嶋と現地対策本部長小林正宏との話し合いにより当局から容認され、公安職員または警察官の実力行使の場合は、事前に同被告人に連絡する旨の取り決めがなされていた。被告人側で右取り決めの存在につき疑いを抱かしめる程度の立証をした以上、これを全く否定する立証が検察側でなされていない本件においては、右事実の存在を認めるべきであるのに、原判決は立証責任を誤解し、ひいて右事実を認定しなかつた点事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、前掲各証拠によれば、四月二五日午後六時前後ころ二回にわたり両者の間で話し合いのもたれたことは認められるものの、その結果所論のような具体的な取り決めがなされたのではないかとの疑いをもたせるような的確な証拠はない。しかも、所論は、右取り決めの存在をいわゆる違法阻却事由と一応切り離し事実誤認として主張するというのであるから、所論のような立証責任の転換が生ずる余地はない。またかりに、所論のような取り決めがあつたとしても、被告人らの建造物侵入の所為が、その目的、手段、方法に照らし、社会的に正当な行為として違法性を阻却されるものでないから、同罪の成立に影響することはない。

(三)  ピケ隊の西て子扱所占拠についての誤認。

所論は、原判決は、(昭和四一年四月二五日)午後九時すぎころ、北川助役ほか一名が西て子扱所に向つたが、ピケ隊に阻止され二階て子扱室に行く階段を昇ることさえできない状態になつていた時点において同所に対する鳥栖駅長の管理権は排除されてしまつたとしながら、他方において同九時二五分ころ警察隊の実力排除が始まり、約二〇名の組合員が出入口から一挙に同室になだれ込んだことをとらえて被告人両名は、組合員多数の勢力をもつてする実力行動により、同所の管理者である鳥栖駅駅長の管理を排除して侵入したものというべきであると判示しているが、右認定は明らかに前後矛盾しており同所に対する駅長の管理権がどの時点において排除されたのか不明確ならしめるもので、結局これは、原判決が西て子扱所付近における組合員のピケは平穏で、階段の昇降は自由であり、なお駅管理者により管理されている状態であつた事実を誤認したためにほかならない、というのである。

しかしながら、原判決を精読すると、原判決は、弁護人の主張に対する判断において、被告人らの建造物侵入の態様について、被告人緒方が窓から、その他の約二〇名の組合員が出入口から一挙に同室内になだれ込み、内側から鍵をかけて外部からの立入りを阻止すると共に、被告人牛嶋の指示で同室の電灯を消したことが認められるとしたうえ、右事実によれば、被告人両名は、鳥栖駅長の管理を排除して侵入したものというべきであるから、被告人らの所為は社会的に相当な行為とはいえないとし、その後弁護人の緊急避難の主張を排斥するに当り、被告人ら組合員のピケがピケとして正当性の範囲を超えたものであり、これに対する警察隊の実力行使が正当な職務執行であるとして、右のピケがピケとしての正当性を有しないことの一事例として、北川助役らがピケ隊に阻止されて階段を昇ることさえできない状態であつたことを挙げ、警察隊の排除行為が始まる時点においては、西て子扱所に対する駅長の管理権が排除されていたといえると説明しているのであつて、その判断の対象が異なるのであるから、原判決の表現に正確さに欠ける嫌があるとはいえ、別に矛盾しているという程のものではない。

(四)  勤務者による立入り承認についての誤認。

所論は、原判決は、西て子扱室の勤務員は、助役の指示により出入口の扉に施錠していたが、同室の部分的管理権者である金沢増男が内側から扉をあけて被告人らを室内に入れたのであるから、被告人らの立入りについては当然部分的管理権者の承認があつたといわなければならないのに、原判決がこれに目を蔽い金沢が鍵をはずしたのは、これ以上扉を締めておくと混乱を激化させ、危険を生ずると感じたからであるとしたのは、事実を誤認し、ひいて法令の解釈を誤つたものである、というのである。

しかしながら、原審証人宮原専、同古賀一治、同金沢増男の各供述によれば、同人らは、本件当時同室に勤務していたが、被告人緒方らの数回にわたる説得にもかかわらず、積極的に闘争に参加する意思はなく、午後五時ころ以降は助役の指令もあつて、右宮原が指示して出入口の扉に内側から施錠し、ピケ隊が入つて来ないようにしたもので、金沢が鍵をはずしたのは、階段を昇つてきた組合員らが外から扉を強く叩き、また錠のかかつていない窓から被告人緒方が入つてきたので、これ以上扉を締めておくことは危いと感じたからであることが認められ、かくては金沢が出入口の扉をあけたのは、当時のさしせまつた危険を避けるためやむなくなしたものであるというべく、所論のように自ら闘争に参加するため、助役の指示や同室者の意思を無視し、同室の部分的管理権者として被告人らの立入りを容認したものであるとは到底考えられない。

(五)  西て子扱所内休憩室押込みについての誤認。

所論は、被告人牛嶋を実行行為者として起訴している公務執行妨害の公訴事実に対し、原判決が、同被告人が直接暴行を加えた点は必ずしも明らかでないとしながら、同被告人が本件闘争において指導者的役割を果していることからして、組合員らと意思を相通じていたと認めるのが相当である旨説示しているのは、厳格な証拠によらずして事実を認定した違法がある。さらに、原判決は、「電気を消せ」「寝室に入れろ」「闘争に参加してくれ」などと口々に叫んだ旨認定しているが、これは、ある時間内に順次あつたことをすべて瞬間的に行なわれたものとして、無理に本件が暴力的に行なわれたと認めようとする意図に出たものであつて、明らかに事実を誤認したものである、というのである。

しかし、原判決別紙五挙示の各証拠によれば、被告人牛嶋は、西て子扱所階段およびその付近にいた組合員に対し「信号所に昇れ」と指示し、約二〇名の組合員と二階て子扱室に侵入するや、同室において「電気を消せ」と指示して電灯を消させたうえ、国労門司地方本部に連絡してスト繰り上げの了解をとつて鳥栖駅構内の各信号所等にいた組合員に対しスト突入を指示したこと、被告人牛嶋からスト突入の指示を受けた組合員らが、「寝室に入れろ」といいながら同室の勤務員三名の肩や背中を押すなどして西隣の休憩室内に押し込んだところ、被告人牛嶋もこれに加担して勤務員の体を押したこと、その間組合員らの中には勤務員に対し「闘争に参加してくれ」というものもあつたことが認められる。右事実によれば、被告人牛嶋は、本件闘争の責任者として西て子扱室に立入つた組合員らと意思を相通じ、同室勤務員に対し原判示のような暴行を加え、同人らの職務の執行を妨害したことは明らかであり、右は犯行現場における共同正犯としての所為であるから、所論のように被告人牛嶋が勤務員三名に対し加えた暴行の具体的内容まで一々明示する必要はない。また被告人牛嶋および組合員らが多少の時間を置きあるいは各個にいつた言葉を一括して原判決が摘示したからといつて、本件をことさら暴力的犯行とするため意図的になしたものということはできない。

なお、所論は、組合員らがて子扱室の電気を消したのは、電気が消えても室内の作業に支障のないことを知つていたからであつて、勤務員の作業を妨害する意図をもつて行つたものではないというのであるが、原審証人宮原専、同古賀一治、同金沢増男の各供述によれば、て子扱室内の電灯が消えると、制禦板が見え難くなり、押しボタンを間違えるおそれがあつて、その作業に支障なしとはいえないことが認められる。また、所論は、「寝室に入れろ」ということと「闘争に参加してくれ」ということは互に矛盾する言葉であるから、両者が併存する可能性はないというけれども、て子扱室の勤務員に対し「闘争に参加してくれ」といつて、その勤務を放棄して西隣りの休憩室(寝室)に入るよう呼びかけること、組合員同士で「(勤務員を)寝室に入れろ」と叫ぶこととは別に矛盾しているとは考えられない。

弁護人の所論はいずれも認容できず、被告人牛嶋、同緒方の控訴は理由がないことになる。

以上の次第で、原判決中被告人牛嶋、同石田、同中島、同馬場に対する久保田駅における建造物侵入罪および被告人原田に対する公務執行妨害罪に関する部分は、いずれも破棄を免れず、そのうち被告人牛嶋に対する右建造物侵入罪と原審が有罪と認定した同被告人のその余の罪とは、併合罪の関係にあり、両者は合一に確定すべきものであるから、同被告人に対する検察官の量刑不当の主張に対する判断を省略したうえ、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により、原判決中被告人牛嶋、同石田、同中島、同馬場に関する部分を、同法三九七条一項、三八二条により被告人原田に関する部分をそれぞれ破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において自判することとし、同法三九六条に則り被告人緒方の本件控訴を棄却することとする。

原判決が確定した有罪関係事実のうち、第一久保田駅関係の一、第二鳥栖駅関係の一の各「本件に至る経緯」の部分を引用するほか、右第一および第二の各二の「罪となるべき事実」の部分を、つぎのとおりそれぞれ付加または訂正する。

第一の二 罪となるべき事実

被告人牛嶋辰良は、国労門司地方本部鳥栖支部執行委員、同石田政喜は、同門司地方本部書記長、同原田保彦は、同佐賀支部特別執行委員、同中島昌幸は、同中央支部執行委員、同馬場信之は、同長崎支部執行委員で、被告人石田は、昭和四〇年四月三〇日の長崎本線久保田駅における闘争の責任者、被告人牛嶋、同中島、同馬場は、右闘争に協力するため同駅に配置されたもの、被告人原田は、被告人石田の指示により右闘争を支援するため同日午前三時二〇分ころ同駅に到着したものであるが、

(一)(1) 被告人牛嶋は、国労組合員二名と共謀のうえ、同年四月三〇日午前二時二〇分ころ、佐賀県佐賀郡久保田村所在の国鉄久保田駅東て子扱所二階て子扱室の勤務員に対し、同日の勤務時間内三時間の職場集会に参加するよう勧誘、説得する目的をもつて、同駅駅長北川利夫の管理にかかる右同室に立ち入り、

(2) 被告人石田は、前同日午前三時三〇分ころ、数十名の国労組合員が同室を占拠し、同駅駅長北川利夫の管理を排除した際、右組合員らに対しスト突入の指令を伝達するため、同室に立入り、

(3) 被告人中島、同馬場の両名は、国労組合員一名と共謀のうえ、前同日午前二時二〇分ころ、前同駅西て子扱所二階て子扱室の勤務員に対し、同日の勤務時間内三時間の職場集会に参加するよう勧誘、説得する目的をもつて、同駅駅長北川利夫の管理にかかる右同室に立ち入り、

もつて、いずれも人の看守する建造物に故なく侵入し、

(二)(1) 被告人牛嶋は、前同日午前三時二〇分ころから、前同駅東て子扱所二階て子扱室において、同駅駅長北川利夫から同室の勤務員を監督するとともに該勤務員が職場を離れた場合における代行の任務を命ぜられ、同室で勤務に就いていた助勤助役土井恒安に対し、同室外に出るよう要求して拒まれるや、国労組合員四、五名の協力を得て右助役の背後からその両脇に両腕を入れて抱きかかえ、て子を掴んだりして抵抗する同人を右組合員とともに押し出そうとしていたところ、たまたま同室出入口踊場に来合せた被告人原田も被告人牛嶋らの意図を察してこれに加担し、ここに被告人原田は、被告人牛嶋および右組合員らと暗黙のうちに意思を相通じて共謀のうえ、被告人原田において被告人牛嶋らに背中を押されながらなお出まいとして抵抗している土井助役の右手を両手で掴んで引張り、同人を同所踊場に出す等の暴行を加え、

(2) ついで、被告人牛嶋は、右土井助役と同様の任務に就いていた助勤助役峰松松次に対し、同室外へ出るよう要求して拒まれるや、国労組合員四、五名と共謀のうえ、同被告人において、右峰松助役の前面から両手で抱きかかえ、右組合員らにおいて同人の身体を押すなどし、足を踏んばつて抵抗する同人を同所踊場まで押し出す等の暴行を加え、

もつて、右両名の前記職務の執行をそれぞれ妨害し、

第二の二 罪となるべき事実

(一) 被告人牛嶋は、国労門司地方本部組織部長で国鉄鳥栖駅における闘争の責任者、同緒方克陽は、同鳥栖支部特別執行委員であつたものであるが、昭和四一年四月二五日午後四時ころから佐賀県鳥栖市京町所在の国鉄鳥栖駅西て子扱所階段およびその周辺で多数の組合員らとともにピケをはつていたところ、同日午後九時二五分ころ、警察隊が出動してピケ隊を実力で排除しはじめるや、被告人牛嶋において、被告人緒方および右階段周辺にいた組合員らに対し、「信号所に昇れ」と指示し、同被告人および組合員二〇名位と意思を相通じて共謀のうえ、正当な理由がないのに、同所階段をかけあがり、同駅駅長土居進管理にかかる同所二階て子扱室に立ち入り、もつて人の看守する建造物に故なく侵入し、

(二) 被告人牛嶋は、右侵入直後、組合員らに対し「電気を消せ」と指示して同室内の電灯を消させたうえ、スト突入を指令し、右組合員ら十数名と意思を相通じて共謀のうえ、同室で継電連動機制禦盤に向つてその取扱いの職務に就いていた金沢増男、古賀一治およびインターホーンに向い第一運転室ならびに操車掛との連絡の職務に就いていた宮原専の三名の肩や背中を押し、制禦盤の縁を掴むなどして抵抗する右勤務員三名を同室西隣の休憩室内に一気に押し込む等の暴行を加え、もつて右勤務員三名の前記職務の執行を妨害し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人牛嶋の建造物侵入の各所為は、刑法六〇条、一三〇条前段、同法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、公務執行妨害の各所為は、それぞれ包括して刑法六〇条、九五条一項に各該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の二の(二)の公務執行妨害罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役八月に処し、被告人石田、同中島、同馬場の各建造物侵入の所為は、いずれも刑法六〇条(但し被告人石田は除く)、一三〇条前段、同法六条、一〇条により前記改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に各該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、その刑期範囲内で右被告人三名を懲役二月に各処し、被告人原田の公務執行妨害の所為は、刑法六〇条、九五条一項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内で同被告人を懲役二月に処し、情状により被告人五名に対し刑法二五条一項を適用して本裁判確定の日から、被告人牛嶋に対しては二年間、被告人石田、同中島、同馬場、同原田に対してはいずれも一年間右各刑の執行を猶予し、刑事訴訟法一八一条一項本文により原審および当審における訴訟費用の一部を、主文五項掲記のとおり被告人らに負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 淵上壽 徳松巌 松本光雄)

訴訟費用負担一覧表(略)

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